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北米大陸西岸のオレゴン州ポートランド市にあるDignity
Village(尊厳の村)は、
大阪の状況、殊、2000年8月6日に始まる長居闘争に対して強い関心を持ち、昨年以
来、連帯のメッセージを送ってきてくれた。 それはW杯と連動したJAWOC−大阪市に
よる野宿者排除の動きへの長居公園仲間の会のささやかな対峙への連帯の挨拶から始
まった。昨年後半、支配機構の側はもちろん、極近い運動内部からも「長居は終わっ
た、何の為に未だそこに居続けるのか?」などという声が空間を占める中、着々と進
められた再建の過程、W杯攻撃との対峙の日々に海の向こうから精神的な支援を送り
続けてくれた北米大陸のいくつかの組織・個人の一つである同村は、今年2月のJR仙
台駅地下通路の野宿者排除への対峙の呼びかけ時にもOCAPなどと共にいち早く仙台市
への抗議メールを送付してくれたりもしてきた。その同村から今回、大阪の2つのテ
ント村への使者として訪問するよう要請を受けた同村支援者のLさんが日本列島観光
ついでに来阪した。
@尊厳の村について
尊厳の村はロッキー山脈の麓の自然豊かなポートランド市にあり、長方形の囲われ
た場所(100mX50mくらい)に40戸くらいのテント・小屋の群があり、大きなサーカス
用のテントを転用した炊事スペースや鉄塔もある。ブルーシートもあったりするが、
大方はキャンピングテントやティピ、トレーラーハウスの
なれのはてだ。この囲わ
れた一角は10分間隔の村内外巡回や不寝番、住人の直接民主制によって運営されてお
り、毎月市にいくばくかの借料を払うことで現在は維持している。開村の2000年11月
末頃はCamp Dignityというスクォットコミュニティだったが、現在までに6度の排除
を受け、その間にポートランドを訪れたダライ・ラマの厚意によって市との交渉の結
果、市に借料を支払って現在にいたっているという。住人は70人くらいでブラックム
スリム、ラスタファリアン、先住民、傷い軍人、障害者、女性など様々。支援者は
100人くらい、内40人が活動的な支援者だという。同村にはDignity
Farmという農場
もあり、そこから自分たちで育てた野菜などの食料を収穫し、食卓に並べることが出
来るという。同村は西海岸・五大湖周辺などの北米大陸のいくつかの都市のテントコ
ミュニティと連絡をとり合っている。野宿禁止法と激しく闘い、今も主要活動家が弾
圧にあうなどしているカリフォルニア州のキャンプパラダイス、市の住宅・福祉政策
の切り捨てによる家賃高騰などにより昨秋の段階で毎月2000人のペースで路上に叩き
出されてきた先住民などの貧困者を生産するオンタリオ州で頑張るトロント・テントシ
ティ、今話題のPope squatとも連絡をとり合っている。

@8.6、Lさん来阪レポート
朝から容赦なく暑さが襲う中、京都にLさんを迎えに行く。例にもれず連日の酷暑だ。
久しぶりの京都行きという事もあり地下鉄の路線が増えるなどして、よく来たJR京都駅で
まさかの迷子に。それでも無事に落ち合うと沢山の荷物の上、Lさんの希望もあっ
て、タクシーでJR京都駅に向かった。この時点で当初の予定はズレてしまったが、な
んとかJR天満駅に到着。同駅からテント村に連絡をとり、台車で荷物を取りに来ても
らった。相撲取り級の大男のLさんは大汗をかきながらも荷物を取りに来てくれた仲
間と共ににこやかに扇町公園テント村に到着。約30分遅れで交流プログラムが始まっ
た。まず挨拶を一人一人としたLさんにテント村を見学してもらい、その後、ささや
かな茶話交流をブルーシート座敷で行った。この日は昼間ということもあり、居合わ
せた仲間のみの交流となったが、有意義な交流となった。仲間たちからは@夜警など
はどうしているのかA何人くらいが住んでいるのかBアメリカでの状況――などが質
問された。@については前記の様に10分間隔で同村内外の巡回・見張りが行われてお
り、ドラッグ・酒・賭事は禁止。おかげでドラッグや酒についてのトラブルなどは村
内には無いとのことだった。またBについては、アメリカではシェルターが多数ある
ものの居住環境は劣悪でシャワーも浴びれず門限などの制限も設けられるなどの問題
の多いものが大多数だということだった。(州によっては野宿禁止法があり「収容か
逮捕か」を強いられる) またLさんからは@テントコミュニティ相互の連係A通信手
段などに必要な電気の確保は可能かBこちらに支援できることはないか――などにつ
いて質問があり、@については全体としては小さいが扇町・長居のテント村の仲間の
交流や東京・名古屋などの支援グループ間の連係などは存在すること、野宿の仲間に
よる意志決定が追求されていること、Aについては、今の所、パソコンが動かせるほ
どの力量は獲得されていないが追求したいということ、Bについては、何か排除策動
などが行われた時に市などに対して抗議メールやFAXをこれまでの様に送付して頂き
たいという事が回答された。 …尊厳の村のTシャツ5枚と手下げ袋一杯の身だしなみ
用品などを置き土産に、記念撮影後、(午後3時半)当初の予定よりかなりズレた
が、電車で扇町の仲間数名と共に長居に向かった。 長居現地では既にテント村の仲
間が夕飯の用意を整えてくれており、挨拶を交わした後、早い夕飯が振る舞われた。
その後、テント村の説明などをしてからシェルター見学をしてもらい、意見交換。通
訳の仲間には遅くまで申し分けないことをしたが、Lさんが大阪の皆さんにというこ
とで一包みの封筒を手渡してくれた。当初のやり取りの通り、交通費を浮かせた分は
カンパしてくれたのだった。扇町の仲間が帰った後もLさんは長居公園テント村に残り、
夜7時から予定されていた周辺部在住の心身障害者や居宅保護の仲間
とテント村の野宿の仲間などの共同作業であるピア・カウンセリングに参加。怪しい英語
混じりの不十分な意志疎通ながら、Lさんの「心で通じ合う交流」は歌「スキヤ
キ」やボディランゲジーによって表現された。Lさんは、このピア・カウンセリング
に興味を持ったらしく、障害者の仲間となごりを惜しんだ。また、テント村の仲間に
は3枚のTシャツと一人一人への感謝の言葉を贈り、記念撮影もして手持ちの蜂のマス
コットを配った。Lさんは「私が帰ってからだが、火曜の交流会のために尊厳の農場
からいくばくかの作物を届けるので受け取ってほしい」と言い残し長居を後にした。
午後10時半、見送りに行った大阪駅のホームで「君たちは貧困者の為のいい支援活動
をやっている。状況は今以上に厳しくなりつつあるようだが、君のいう所の相互扶助
がより一層広がりを持ち、更に私たちのような海外との連係が強固になるよう願って
いる。くれぐれも身体に気をつけて頑張れ」とLさんは言い抱擁とガッチリとした握手
をして大阪を去った。この交流が、ささやかながら、より深く固いつながりをつく
り、力を蓄え、反撃するための一歩となれば幸いだ。(★旅浪人)
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